トップページ | 2008年5月 »

2008年1月

これぞデカダン◆都はるみ「北の宿から」

今日の『朝日新聞』朝刊読書欄に、昨年8月1日に亡くなった作詞家の阿久悠に関する本の特集が掲載されていました。たしかに昭和時代後期の日本芸能史を語るにあたって、彼、阿久悠の存在とその作品なしで、この時代を語ることはできないでしょう。

当時、つまり私がテレビの歌番組にかじりついていた70年代中期から80年代にかけては、まさしく歌謡曲の全盛時代でした。ド演歌を歌う往年の歌手からスーツ姿の正統派、派手な衣装のアイドル、そしてジーンズにTシャツのフォーク・グループまで、ありとあらゆる年齢層、ジャンルの歌手たちが、「歌謡曲」というくくりで同じ番組で歌を歌っていました。Jポップどころかニューミュージックという言葉すら、まだ無いような時代でした。

阿久悠のすごいところは、そうした演歌からポップスまで当時の日本中に流れたありとあらゆる種類の楽曲に、つねに標準以上の作品を提供し続けたことです。アイドルだけに限ってみても、おもに「スター誕生」出身者の男女アイドルを中心に、それぞれの個性や成長の度合いに応じて、かつてのプログラム・ピクチャーよろしく3ヶ月に1作の割で作品を提供しています。ここにおいて、アベレージ・ヒッターとしての阿久悠の特長は、いかんなく発揮されているのでしょう(でも同じ「スタ誕」出身の山口百恵には1曲も提供していないのです、不思議ですね)。

ところで、阿久悠といえばピンク・レディーのメガヒットが連想されがちですが、彼の真骨頂と言えるのは、「大人」を対象にした「大人」の歌手への作品ではないでしょうか。

「あなた死んでもいいですか/胸がしんしん泣いてます」

恋に破れ、男に捨てられ、一人、厳寒の町で、こうつぶやく女の心情。失恋の痛手や、男への恨み、未練など、そういった心の傷すら凌駕した、諦念にちかいこのつぶやき。もちろん、こうつぶやく女には、死をほのめかすことで相手の男を脅そうという気持ちなどは毛頭ありません。だからこそ怖いのです。百万遍の恨み言を聞かされる以上に、この言葉を聞いた男は心底震え上がるに違いありません。

都はるみが歌う「北の宿から」の一節は、まさしくデカダンのきわみなのです。

セリフの履歴

出典:「北の宿から」(阿久悠作詞・小林亜星作曲・都はるみ歌唱、1975年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やさしさの条件◆真崎守『キバの紋章』

マンガ家の真崎守(まさき・もり)、ご存知ですか? 最近は新作を目にする機会もなく残念に思っていますが、70年代に彼の作品から影響を受けた人は多いと思います。

もともとは手塚治虫の虫プロ社員としてアニメなどの製作に携わっていましたが、その後、峠あかね名義でマンガ評論を雑誌『COM』に発表するようになり、やがてみずからも真崎・守(当時は姓と名の間に「・」あり)のペンネームでマンガを描き始めました。その当時は、青年マンガ雑誌を中心に活動を続けていたようで、中学生だった私はデビュー間もないころの作品にはリアルタイムで触れたことはありません。

真崎守をはじめて読んだのは、連作『ジロがゆく』からだと思います。はやりの劇画調というのでしょうか、カクカクした人物描写は、それまで慣れ親しんでいた手塚や石森章太郎のまるまっちい人物とは違い、違和感を感じたことを覚えています。このころから次第に活動の場所を少年誌に広げ始めた彼が、1971年に連載を開始したのが今回の名セリフの出どころ、キバの紋章』です。

『週刊少年マガジン』に1971年1月17日号から6月13日号まで、ほぼ半年間にわたって連載されたこの作品は、私に真崎守の存在を意識させてくれた衝撃的な作品でした。野生児キバ紋ことキバ狂児をめぐるミステリアスなストーリーや、後に真崎の最大の魅力となっていく言葉遊びの妙もさることながら、ただ突っ走るだけだったキバ紋が、かぐら獅子(当時大人気だったチャールズ・ブロンソンそっくり)やはぐれ狼、年上の美女・いづみなどいわくありげな脇役たちとの出会いの中で、成長してゆく姿に、高校生だった私は深くのめりこんでいったのです。

ラスト間近、すべての謎は明らかになり、それとともに生まれてはじめての喪失感を味わったキバ紋は、こうつぶやきます。

「やさしくすることはキバをもつことなんだ/ふたつは別々のものではなくて/ひとつでないといかんわけだ」

70年代初頭、「モーレツからビューティフルに」のコピーのもと、やたら「やさしさ」が喧伝されていた時代にあって、真の「やさしさ」とは「厳しさ」に裏打ちされたものでなければならないこと、表面だけの「やさしさ」は「甘え」の謂いであることを私に教えてくれた名セリフです。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

■セリフの履歴

出典:『キバの紋章』(真崎守作画、『日本漫画家名作シリーズ』、さくら出版、1999年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お楽しみはどれからだ

2008年、明けましておめでとうございます。

子年新春にあたり、私、まんだよつお、ついに念願のブログを始めることにしました。テーマは、ずばり、「サブカルチャー全般から探し出した名句・名言・名セリフ集」です。

世の中に名句・名言を集めた本は多く、もっとも有名かつオーソドックスなものには『ことばの花束』(岩波文庫、1984年)があります。この本は、岩波文庫に収められた綺羅星のごとき名作のうちよりえりすぐった名言を集めたもので、この種のアンソロジーのグローバルスタンダードとも言えるものになっています。

ただ、岩波文庫の中からという選択基準、あるいは版元の性格からか、まじめすぎる内容になってしまっているのは、読み手側からすればちょっととっつきにくいよう気もします。

そこに登場したのが、才人和田誠の名著『お楽しみはこれからだ』です。雑誌『キネマ旬報』に長期にわたって連載されていたシリーズをまとめたものですが、連載終了後も発表媒体を変えつつ継続して書き続けられていて、文芸春秋から発行されている単行本も6冊を数えています。

この本の最大の特徴は、対象ジャンルを古今東西の映画の名セリフに限ったことにあります。加えて、思い入れたっぷりの和田誠の名解説が、セリフの周辺をわかりやすく教えてくれるのです。映画を愛してやまない和田誠ならではの、その熱い思いのこもった歴史的名著と言って間違いないでしょう。

私自身、今回のタイトルを『お楽しみはこれからだ』のパロディにさせてもらっているのですが、この本が読者や作家たちに与えた影響はものすごいものがありました。結果、数々の類似本が生まれてきましたが、その中の白眉が、みなもと太郎『漫画の名セリフ―おたのしみはこれもなのじゃ』(立風書房、1991年)だと思います。

この本は、和田誠が映画をベースにやったことを、なんとマンガをベースにやってしまったのです。雑誌『マンガ少年』連載時より注目されていましたが、マンガ家でもあるみなもと太郎の豊富な知識と読書量、そして何よりマンガへの愛情があふれる一冊です。

編者の才気が光るという点では、寺山修司を忘れてはなりません。みずからも言葉の魔術師として一世を風靡した寺山修司には、ロングセラーになっている『ポケットに名言を(角川文庫、1977年)や、『旅の詩集(カッパブックス、1973年)があり、独特の視点から選ばれた、スラングを含む目くるめくような言葉の奔流が楽しめます。寺山ワールドの面目躍如といったところでしょうか。

文学、映画、マンガと続いてきた対象を、テレビやインタビュー記事、あるいは歌謡曲の歌詞といったサブカルチャー全般にまで広げてまとめた成果が、1985年から88年までにわたって発行された現代言語セミナーの編による『別れの言葉辞典』『スルドイ言葉の辞典(以上、冬樹社)、『今度こそ、さようなら―新・別れの言葉辞典(角川文庫)です。

オーソドックスな王道を行く『ことばの花束』の対極に位置する選択にこそ、これらの本の編者グループが持つ見識とセンスが光っています。その時代を伝える言葉は、その時代を生きた人間にしか語ることはできない――このシンプルな事実がこのシリーズ最大の魅力に他なりません。

なお、基本的に私、まんだよつおのブログの内容・構成も、この三部作にならって、肩肘張った名作・純文学など「芸術」よりは、マイナーとか影の文化とか呼ばれ日陰者扱いされてきた、いわゆる「サブカルチャー」の中から、私が感動したり影響を受けたりしたものを選んで進めて行きたいと考えています。

……と、格好つけてはみたものの、私、まんだよつお自身、不安だらけの開幕です。それでも、細く長く、できる限り続けていければと考えています。

「もし世界の終りが明日だとしても私は今日林檎の種子をまくだろう(『ポケットに名言を』よりゲオルグ・ゲオルギウの言葉)

皆様の末永いご愛読をお願いする次第です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2008年5月 »