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2008年5月

軍国乙女の青春◆倉本聰「遠い絵本」

随筆家の岡部伊都子さんが亡くなりました。以前に一度、仕事の依頼で連絡を取り合ったことがありますが、今にして思えばその頃から体調は芳しくなかったのでしょう。やんわりとこちらからの依頼を断られました。

多くの新聞記事が取り上げていたように、岡部さんはアジア・太平洋戦争で婚約者を失っています。そして、その婚約者をすすんで戦場に送った事を、生涯、悔やみ続け、その体験から、「非戦の思想」を数多くの著作で明らかにしてきました。

しかし、あの時代に生きた少女たちのほとんどが、みずからの肉親や恋人を兵士として戦地に送り出し、立派な手柄を立ててほしいと願った事を誰が責めることができるでしょうか。戦地に送り出すということは、生きて還って来ることを半ばあきらめることであり、立派な手柄を立ててほしいとは、敵兵を一人でも多く殺してほしいと願うことにほかなりません。現代では異常とも思える教育体制や社会のありようが、人ひとりを守ることすらできない世の中にしてしまっていたのでしょう。

       「戦争へ行って。とサチコはいった

同じように、倉本聰は、テレビドラマ「遠い絵本」のなかで、恋人を戦地に送り出す娘にこう言わせています。明るく戦場へ行けといい放つ娘の軽蔑を逃れるため戦場へ行き、身も心もぼろぼろに傷ついて復員した青年。戦後はそれぞれの人生を歩み、二度と会うこともないはずだった二人でしたが、運命のいたずらで戦後三十年以上たって再開を果たします。

このセリフは、戦後、青年が書いた童話のなかの一節です。エゾシカにみたてた自分と娘が主人公のこの童話で、青年は娘の言い放った言葉の残酷さ、戦争に行くことの理不尽さ、そして人格や未来をすら変えてしまう戦争の本質を語っています。

戦争をきらい、できれば娘と逃げたいと願う青年を、卑怯だ、弱虫だとののしった女性たち。その時点において、彼女たちはけっして間違ってはいませんでした。でも、後になって、自分のその一言がなんと残酷で、悲しい言葉だったのかを知ったとき、彼女たちは生涯消えないトラウマを背負ってしまったのでしょう。被害者であると信じていた人間が、実は加害者でもあったことを知ること。戦争は、まるでコインの裏表のように、人の一生をもてあそんでしまうのです。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

セリフの履歴

出典:『遠い絵本』(倉本聰著、1979年8月12・19日放送、『倉本聰コレクション』8所収、理論社、1983年)

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