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未来をぼくらのポケットに◆手塚治虫『奇動館』

手塚治虫の作品からもう一つ。

「人間はまだまだりこうになる……/月や星へも行けるじゃろう……」

第二期『ライオンブックス』シリーズの一編、『奇動館(『週刊少年ジャンプ』1973年2月19日号掲載)からのセリフです。封建制度がすみずみまでいきわたり、人々を支配していた江戸時代。隠密の好太郎は密命を受け、子どもたちを集めては何やら怪しい活動を続けているらしい私塾、奇動館に教師として潜入します。生徒は不良やなまけ者、スケバンなどのはなつまみものばかり。授業といえば、エレキテルの実験や香水作り、気象について調べたりと、それぞれがやりたいことを自由に研究しています。そうした自由な授業に惹かれながらも、子どもたちのために熱気球を作った館長の老教師を、兵器製作の罪で江戸へ連行しようとする好太郎。生徒全員を気球に乗せたあと、最後に好太郎を乗せた老教師が、彼に向かって語りかけるセリフが先のセリフです。

手塚治虫とその作品に対する評価は、死後20年のうちに多くの研究が発表され、それらの成果から、かつての「手塚ヒューマニズム」と呼ばれた一面的な評価が誤りだったことが実証されつつあります。手塚治虫が戦後最大のマンガ家で、後輩に与えた影響は絶対的であったことは認めつつも、けっして聖人君子などではなく、常に自作に対する世間の評判を気にし、新人作家の才能に嫉妬し続けていたことも、本人の著作や関係者の証言から明らかになりました。作品にもみずからの戦争体験が色濃く影を落とし、残酷で、悲惨で、時に救いようの無い結末だったりして、手放しの人間賛歌どころかデモーニッシュな面が際立つものが多く残されています。

それでもなお、私が、人間や世の中のどうしようもない馬鹿さ加減、救われないおろかさに絶望し、心萎えたときに手塚治虫の作品を読み返すのは、いずれの作品のどこか隅っこに、はっきりと、あるいは何気なく、人間とその未来に対する希望と信頼が隠されているからだと思います。『火の鳥』未来編のラストでつぶやく火の鳥の言葉こそ、手塚治虫が私たちに伝えたかった心からのメッセージだったのではないでしょうか。

『奇動館』は、下降中の事故で命を失った老教師の墓の前で泣き崩れる生徒たちに向かって、好太郎がふたつ目の気球を共に作ろう、と呼びかけるところで終わっています。そう、未来に対する希望は、こうやって引き継がれていくのです。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

セリフの履歴

出典:『奇動館』(手塚治虫作画、『ライオンブックス』2〈『手塚治虫漫画全集』62〉所収、講談社、1977年)

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