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手塚治虫を、もう一度◆手塚治虫『ガラスの脳』

今年2008年は、手塚治虫生誕80年の年。早いもので1989年2月9日に手塚治虫が60歳で亡くなってからもう20年近くが過ぎてしまったのですね。この20年の間に、手塚治虫の跡を追うように、藤子・F・不二雄(96年没、62歳)、石ノ森章太郎(98年没、61歳)、赤塚不二夫(08年没、72歳)らトキワ荘メンバーをはじめ、横山光輝(04年没、69歳)、永島慎二(05年没、67歳)と、昭和を代表するマンガ家たちが次々に亡くなっていきました。長年にわたって昏睡状態が続いていた赤塚不二夫の72歳は別としても、誰もが60歳代で亡くなっています。手塚治虫が亡くなった当時、「締め切りに追われる不規則な生活が続き、慢性的なストレスに蝕まれている流行マンガ家の60歳は、普通の人にとっての80歳と同じだ」というようなことを言っている人がいましたが、こうした事実を見てしまうとあながち想像だけのシロモノとも思えません。

私が手塚治虫の作品を意識したのは、『週刊少年サンデー』で連載されていた『白いパイロット』(1961年)が最初だと思います。もちろんそれ以前にも手塚治虫の作品は目にしていたはずですが、はじめて雑誌を毎号購入し連載ものとして楽しんだ作品が、この『白いパイロット』でした。サンデー派だった私は、同誌上で引き続き『W3』『バンパイヤ』『どろろ』といった手塚治虫の少年マンガの傑作と出合うことになります。まだ幼いうちに出合った手塚治虫の少年マンガが、その後の私の人生観に大きな影響を与えたことは間違いありません。『W3』のラストのセンス・オブ・ワンダー、『バンパイヤ』での悪役ロックの名演技など、どれも忘れられない思い出になっています。

しかし、こうした私と手塚治虫の蜜月時代も長くは続きませんでした。60年代末から始まる劇画ブームは手塚塚治虫の活動にも影響を与え、発表誌も少年マンガ雑誌から青年マンガ雑誌へと移っていきます。こうした青年マンガ雑誌を読むことにまだ抵抗があった私が、手塚治虫のマンガと再会できたのは、やはり『週刊少年サンデー』誌上でした。単発で不定期に掲載された『0次元の丘』(1969年)、『ガラスの脳』『ゼフィルス』(1971年)などがそうでした。これらの作品について後に手塚治虫は、「虫プロのごたごたがおさまった70年代の中頃にかいたもので、従来の手塚流SFから一歩ぬけ出した作品をかこうと努力した時期の作品」(『タイガーブックス』8(『手塚治虫漫画全集』128)あとがき)と解説しています。

すでに思春期にはいっていた私は、この青春と呼ばれる季節に憧れつつも、けっして思い通りにならない現実に辟易とし、またみずからの存在にコンプレックスをかかえたまま、それでも異性に対する感情だけは日々膨らんでいくという悶々たる毎日を送っていました。そうしたある日に、『週刊少年サンデー』1971年2月21日号でこの『ガラスの脳』に出会ったのです。母親の胎内で大事故にあい17年間眠り続けた少女・由美と、彼女を眠りから覚ました少年・雄一の、奇跡の五日間を描いたこのマンガは、私にとっての大いなる救いとなってくれました。悲劇的な純愛のゆくえ、醜い大人の欲望に対する怒り、そして何より、少年と少女の生年が私と同じ年という設定が親近感を持たせてくれたのです(いや、逆に自分と同い年の彼らだからこそ、二人にどうしようもない嫉妬を羨望を持っていたのでしょう)。

「人生ってなにかしら……/なんのために人間って生まれてきて死ぬんでしょうね?」と問う少女に、少年はこう答えます。

「現在を生きるためだろ?/そして青春は……/現在生きてることをたしかめるためにあるんだってさ」

このセリフが正しいのならば、私はいつ、何歳の頃に「青春」と呼ばれる季節を過ごしたのでしょうか? ただただ流されていくだけの毎日を過ごしている今の私は、本当に現在を生きていると言えるのでしょうか? それがかなわぬ夢であることは十分わかっていても、生き続けて80歳になった手塚治虫に、もう一度、その答えを描いてもらいたいと思います。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

セリフの履歴

出典:『ガラスの脳』(手塚治虫作画、『タイガーブックス』3〈『手塚治虫漫画全集』123〉所収、講談社、1978年)

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