« 続・変わる季節に◆五木寛之『恋歌』 | トップページ | ふたりで飲みたいバナナジュース◆山田太一「それぞれの秋」 »

鳥は今、どこを飛ぶ?◆藤田敏八「赤い鳥逃げた?」

私に、監督や役者さんで映画を見ることを教えてくれたのは、TBSラジオのアナウンサーだった林美雄でした。深夜放送「パック・イン・ミュージック」の金曜日第二部の担当だった林美雄の放送から私はさまざまな影響を受けましたが、その最たるものとして、低迷ぶりばかりが喧伝されている日本映画には、たとえロマンポルノやB級アクションなどと差別されてはいても、こういう素晴らしい映画もあるんだよ、ということを教えてくれたことでしょう。

今回は、私が林美雄の影響で大好きになった監督の藤田敏八が、これまた私の大好きなの原田芳雄を主演にして撮った作品「赤い鳥逃げた?(1973年公開)からこのセリフを。

「やることが無くなりゃ、ジジィだろ」

チンピラの原田芳雄とその弟分の大門正明、そしてフーテン娘(実は大金持ちのお嬢さん)の桃井かおの三人。欲望のままにその日暮らしを続ける三人ですが、世の中に反逆のキバを剥くようでいて、その実、暴力とセックスだけの満ち足りない生活に対して心のどこかで不安に思っているのでしょう。若くして老いてゆくことへの怖れや焦燥感を言い尽くしたセリフは、こう続きます。

「誰も、俺たちを探しちゃいない。誰も、俺たちを待っちゃいない。このままじゃ、俺は29歳のポンコツだ。中年を飛び越えて、いっぺんにジジィになっちまうぜ!」

そして、この映画の三人もまた、例えばリングで真っ白に燃えつきた矢吹丈と同じように、醜く老いてゆくこともなく、一瞬のきらめきで燃えつきてゆくのです。ボニー&クライド風の三人の最期を、一つのことに打ち込んだ末に燃えつきた矢吹丈と同一に捉えることには異論もあるかもしれません。ただこの当時、すでに世の中は、変革のためには暴力すら辞さない学生運動の時代から、甘えや馴れ合いとも見まちがうような「優しさ」の時代に移り変わろうとしていたのです。この映画は、そうしたあやふやな、どこかまやかしめいた時代への強烈なアンチテーゼにほかならなかったのではないでしょうか。

当時の私は、心のどこかでこの三人組のような生き方に憧れつつ、でもけっして自分自身はそうは生きられないことをよくわかっていました。何も事件らしい事件もないまま、何も華やかなできごとも無いまま、これからも生きていくしかないだろう。そうやって年を取っていくのが現実なんだ……。それならば、いっそ私は、これからの人生、うれしいことや悲しいこと、辛いことなどがあるだろうけれど、その中をのうのうと生きぬいてやろうと考えていました。あえてダラダラと生きることを是とし、そうやって現実に向かい合ってゆこうと、開き直っていたのかもしれません。

ですから私は、原田芳雄が演じていた体制に媚びないアンチヒーロー(例えば、(野良猫ロック」シリーズのフーテンや、「反逆のメロディ」のジーンズ姿のやくざなど)のように、暴走の果てに鮮烈に死んでゆく男たちよりも、次第にもっと等身大の、かっこ悪く生きている若者たちに共感を感じ、自分自身の生き方やスタイルのモデルにするようになっていったのです。テレビや映画の仮想空間で、そぅしたパーソナリティを体現していた小倉一郎森本レオについては、回を改めて、また別の機会に……。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

セリフの履歴

出典:「赤い鳥逃げた?」(藤田敏八監督、藤田敏八・ジェームス三木脚本、1973年公開)

|

« 続・変わる季節に◆五木寛之『恋歌』 | トップページ | ふたりで飲みたいバナナジュース◆山田太一「それぞれの秋」 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/517638/26151098

この記事へのトラックバック一覧です: 鳥は今、どこを飛ぶ?◆藤田敏八「赤い鳥逃げた?」:

« 続・変わる季節に◆五木寛之『恋歌』 | トップページ | ふたりで飲みたいバナナジュース◆山田太一「それぞれの秋」 »