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旅する少女たち◆素九鬼子『旅の重さ』

夏……学校という管理社会から解き放たれた少女たちは、ひと夏の出会いとささやかな冒険を夢見て、高原の避暑地に、海辺のリゾート地に集まってきます。そして、秋風が吹き始め、夏の終わりが近づいてくるころ、ある少女は忘れられないアバンチュールの思い出を胸に、またある少女は一生消えないであろう心の傷を隠して、都会に帰ってくるのです。そう、ほとんどの少女たちにとって、夏の旅行はあらかじめ往復切符を手にした折り返しの旅であって、夏の終わりとともに彼女たちの旅も終わりを告げてしまうのです。だけどなかには、そうほんのわずかではありますが、行きっ放しで決して帰ってこない少女もいるのです――例えば、素九鬼子『旅の重さ』の少女のように……。

『旅の重さ』は、1972年に斎藤耕一監督によって、高橋洋子主演で映画化されています。映画冒頭、スクリーンは闇に閉ざされたまま。その中に誰かがゴソゴソと動いている気配があり、やがてガタッという音が聞えると、スクリーンにたてに一筋の光が走ります。ああ、誰かが戸を開けたんだな――そう思った瞬間、次のカットは、夏の朝まだき、一面の緑の田んぼの中に建つ掘建て小屋を正面からとらえ、きしむ引き戸をこじ開けて外に出てくる一人の少女を映し出します。闇から光への鮮やかな場面転換に息をのむ間もなく、入り込むテーマソング、吉田拓郎の「今日まで、そして明日から」……。

撮影カメラ出身の斎藤監督の作品に対しては、前々から映像の美しさに定評がありましたが、この作品でもそれは如何なく発揮されていました。冒頭のシーンをはじめ、夏の四国の田舎の一日――朝もやに煙る風景から、昼のむせかえるような草いきれの小道、そして空を七色に染め上げる夕景まで、その風景のなんと美しかったことでしょう。加えて、映画初主演の初々しい高橋洋子の魅力。麦藁帽子に白いポロシャツ、白い体操ズボン(トレパン)。スニーカーなんてしゃれたものではないただのズックの運動靴。のちにミニコミ雑誌『少女座』第3号(1986年)の特集で「少女の旅装束の基本」と絶賛されたこのスタイルは、まだあどけなさの残る高橋洋子の真ん丸顔にぴったりでした。

自堕落で男にだらしない画家の母親との生活に嫌気をさし、逃げるようにあてどのない旅を続ける少女は、やがて一人の中年男と出会い、生活を共にするようになります。定住することで彼女の旅は終わりを告げたのでしょうか? 放浪にも近い旅の途中、高熱に浮かされ瀕死の状態で、少女はこうつぶやきます。

「これを旅の重さと、わたしは考えるの。これは非常に疲労した時にだけやってくるものだとは限らないの。歩きながら心がはしゃいでいる時にでも、ふいにやってくるのです。しかしわたしはそれ程これをきらっていません。むしろ、これを感じなくなったらおしまいだとさえ思っているの」

旅に出るという行為はいったい何なのでしょうか? なぜ人はふいに思い立って旅に出るのでしょうか? そもそも、旅に「始まり」や「終わり」などあるのでしょうか? ――その問に、寺山修司は、こう答えます。

漂泊とは、たどりつかぬことである。たとえ、それがどこであろうとも、われわれに夢があるあいだは、「たどりつく」ことなどはないだろう。漂泊と、百たび書いて、あしたまた、旅立つ。

疲れた表情で日常生活を生きる「秋の少女たち」を目にするたびに、中年男と暮らす生き生きとした「旅の少女」を思い出してしまいます。

ところで、映画版の『旅の重さ』を語るときに忘れてはならないことがあります。それは主役公募で次点となった秋吉久美子の存在です。記念に、という軽い気持での出演ではありましたが、これが彼女にとっての実質上のデビュー作になっています。高橋洋子演じる「旅する少女」と、秋吉久美子演じる「自殺する少女」との比較については、あらためてご披露したいと思いますので、ご期待下さい。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

セリフの履歴

出典:『旅の重さ』(素九鬼子著、『角川文庫』、角川書店、1977年)。『旅の詩集』(寺山修司著、『カッパブックス』、光文社、1973年)

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