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迷子たちの40年◆樹村みのり『贈り物』

今から40年前の1972年、私は東京のはずれに住む高校生でした。毎日毎日、学生かばんに教科書と弁当をつめ、都内の男子高校に通っていました。授業もそこそこ、クラブ活動もそこそこ、世の中の動きにもそれなりに関心はあるものの、とりあえずの興味の対象は、とにかく彼女がほしい、のただそれだけ。今にして思えば、何とも情けない高校生だったと思います。

そんな私を置き去りにするように、音を立てて時代は変わっていました。1972年、日本と世界は変化の様相を見せ始めていたのです。手元にある年表を紐解くと――

1月24日にはグアム島で元陸軍兵横井庄一が保護され、2月3日からは札幌で冬季オリンピックが始まっています。アメリカのニクソン大統領が中国を訪問し、共同声明を出したのも同じ2月。3月21日には高松塚古墳の彩色壁画が発見され、4月16日には川端康成が自殺しました。現代まで問題を引きずる沖縄本土復帰は5月15日。大役を終えた佐藤内閣が退陣し、「日本列島改造論」を引っさげた田中内閣が誕生するのが7月6日。その田中角栄首相による電撃訪中、日中共同声明発表は9月のこと。世界に目を向ければ、アメリカによる北爆が再開され(4月)、テロは5月のテルアビブ国際空港での乱射事件、9月のアラブゲリラによるミュンヘンオリンピック選手村襲撃事件と頻発していました。

そして、連合赤軍兵士数名による籠城・銃撃戦――あさま山荘事件もまた、1972年の2月に起こったのです。

40年後の現在までに連合赤軍を取り上げた書籍は、逮捕者・当事者の手記、関係者への取材に基づく記録、研究者による分析など、多種多様な内容のものが出版されています。ノンフィクションに限らず、文芸作品に仕上げられたものや映像化された例、マンガ化されて連載中のものもあります。著者の立ち位置、思い入れなどによって、連合赤軍の歴史的位置付け、闘争過程や手段の評価がまちまちなのはいたしかたないでしょう。それはとりもなおさず、現代史そのもが、未完に終わった〈革命〉をどう取り扱っていいのか、自問自答している最中の証なのかもしれません。

しかし、感受性豊かな一人の女性マンガ家は、事件からわずか2年後の1974年、つまり山岳ベースにおける「総括」という名目のリンチ殺人が明らかにされたその後、世界に向けて夢のような贈り物をしてくれていたのです。樹村みのりが『別冊少女コミック』1974年10月号に発表した短編『贈り物』がそれでした。

夏休みのある日、4人の少年と1人の少女は森でホームレスの男と出会います。「目に見えるものだけが/すべてではないのにね」――少年少女は、夢想のような真実や理想を語るホームレスに興味を持ちながら、非日常を生きる者に対して親や世間が向ける冷たい視線も知っています。だけど、秘密の共有――子どもにとってこれほどスリリングで胸をときめかせる「冒険」はありません。まして、今は永遠とすら思われる時間の夏休みなのですから……。

ある日、ホームレスの男性は、こう語りかけます。

「けれどきみたちがほんとうにのぞむなら/世界はほんとうに美しいものになるんだ」

「ああきみたちがほんとうに真理をのぞみ生きるなら/世界は天国みたいに美しくなるんだよ」

まだ幼い少年少女にこの言葉は届いたのでしょうか、理解されたのでしょうか。私は思います、その想いはちゃんと届いていたのだと――。大人たちに追われて森を去るホームレスが少年少女に残した「天国への切符」――「夢を抱いたままこの世界につなぎとめられて生きねばならないことへの切符」が持つ本当の意味に、少年少女は気がついてくれたのだと。だからこそ、少年少女のその後の生き方を暗示する、青春期を迎えた少女のモノローグは、強く私たちの胸を打つのです。

「それからわたしたちは大きくなった/こどもだったわたしたちはみな大きくなった/わたしたちのうちの一人は留学のために羽田をたったばかりで/もう一人は72年の年の2月の暗い山で道にまよった/兄は/学生時代の最後の年に旅に出たきりまだ帰らない」

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

セリフの履歴

出典:『贈り物』(樹村みのり作画、『悪い子』〈『樹村みのり作品集』子ども編〉所収、ヘルスワーク協会、1999年)

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