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2013年3月

もう一つの「十六歳の戦争」◆山上たつひこ『回転』

今回は、山上たつひこ『回転』からの名セリフをご紹介しましょう。

ところで、山上たつひこと聞くと、どうしてもギャグマンガ家のイメージが強いですが、それはひとえに『喜劇新思想体系』(1972年)と『がきデカ』(1974年連載開始)の強烈なインパクトによる影響からでしょう。

さて、『回転』ですが、このマンガは、『週刊少年マガジン』1971年3月28日号に掲載された短編です。1971年3月と言うと、同じ『少年マガジン』に掲載されていた長編マンガ『光る風』が、突如打ち切られた前年11月からわずか4ヶ月後のことです。デビュー以来のSFマンガからより社会性を高めたテーマに挑戦し始めていた山上たつひこが、挫折後に描いた第一作で、過激ギャグマンガへの過渡期的作品に位置づけられるものです。

扉には、暗い表情の中年女性の顔がアップで描かれ、タイトルとの間には次のような文章が記されています。

過去・現在・そして未来――
この三つのことばの組みあわせはおもしろい
どのように順序をならべかえても
その意味あいはすこしもかわることがないのだ

物語は、現在と過去をカットバックの手法を駆使して描いていきます。

1971年のある朝、混雑する駅のホームから一人の男性が転落し、電車に轢かれて即死します。事件を捜査する警察は、ほどなく被害者が強大兵器産業の社長であること、事故や自殺ではなく中年の女によって突き落とされた事実をつかみます。

同じ日の夜、一人暮らしの中年女性が戦争中のできごとの回想を始めます。回想シーンのページは、あたかも死者を悼む遺影でもあるかのように、そのすべてが余白を墨ベタで塗りつぶされています。最初の思い出は、勤労動員で働いていた少女のもとに届いた恋人からの手紙でした。徴兵猶予が取り消され戦地に赴くことを余儀なくされた青年からの別れの手紙を淡々と読む少女。次の思い出は、終戦から2年め。戦争から帰ってきた戦友から恋人の戦死を知らされた日の思い出。この瞬間、初めて感情をあらわにした少女は、絶叫するのです。

次の日の朝。普段と同じように通勤電車に乗っている中年女性は、今度は「たった二十四時間まえのこと」を思い出します。自分の前に立っている男が兵器産業の社長であること、男が作り出す武器で限りなり人間の命が失われているという事実。

「なにをためらうことがありましょう」

ここでこのマンガが発表された1971年という時代について考えてみましょう。

高度経済成長のまっただ中、繁栄を極めている日本ですが、その反面、戦争の傷跡はそこかしこに残っていました。ここで言う「戦争」とは、アジア・太平洋戦争だけでに限ったものではありません。ベトナム戦争はますます激しさを増し、アメリカ軍の後方支援基地となった政府と一部企業に対する反発は日に日に高まりを見せていました。

被害者としての日本人。加害者としての日本人。――戦争をめぐる過去・現在・未来は混沌とし、迷宮となり、同時にそこに存在していたのです。

やはり黒枠に囲まれた昭和十八年秋――と書かれた最終ページ。恋人からの手紙を手に立ちつくす少女の全身像にかぶさるモノローグはいたたまれません。

「わたしは/やがて/十六さいの/誕生日を/むかえようと/していたのですよ」

秋吉久美子主演の映画「十六歳の戦争」に先立つこと、2年。戦争の時代を生きた少女の姿を描く、もう一つの「十六歳の戦争」があったのです。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

セリフの履歴

出典:『回転』(山上たつひこ作画、『光る風』2〈サン・ワイド・コミックス〉所収、朝日ソノラマ、1986年):

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