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春にして君と……◆柴田翔『されどわれらが日々――』

桜の花が咲き始め、今年も春が訪れましたね。

日本人にとって春の訪れを感じさせる一番のものは、桜の開花に違いないでしょう。でも、もう少し前の、冬が終わりかけ春が近づいている季節――早春を感じさせてくれる時期にも、自然はやさしい贈り物をしてくれるようです。

下宿の窓から外を眺めると、暖かい日差しをうけた畑地からもやがうらうらと立ちのぼり、遠くの神社の森や、南側の斜面の新しい町並の中に目立つ赤い教会の塔は、その軟らかい大気の中にかすむように漂っている。

私がまだ子どもだった頃、住んでいた家の周囲には空き地や畑が広がっていて、夜に雨が降った日の翌日など、ここに描かれているような、太陽の光に黒土からいっせいにモヤが立ち昇る風景をよく目にしたものです。

これは柴田翔『されどわれらが日々――』の終章、主人公の文夫の独白の冒頭に描かれたシーンです。この年の春の訪れは文夫にとって特別のものに感じられたことでしょう。前年の晩秋に始まる些細なできごとから運命の歯車は軋み始め、思いもよらず恋人の新しい旅立ちを見送る別れの春を迎えることになってしまうのですから……。

『されどわれらが日々――』を初めて読んだのは、20歳前後のことだったと記憶しています。20歳になった有名人が勧める本といった趣旨の特集を新聞で読み、その中で檀ふみが紹介していたのがこの本でした。何一つ不自由なく育った慶応大学のお嬢さんと思っていた(実際はものすごい葛藤があったのだろうけど)檀ふみなんかに負けてたまるか、みたいなおかしな対抗意識で読み始めたものでした。

読み始めてみるとその時代背景がよくわからず、またそれまで読んでいたSFやミステリとあまりに異なる内容にいささかの違和感を感じたものの、読み進むにつれてその内容に圧倒されてしまいました。

日本共産党第六回全国協議会(六全協)の決定によって山村工作隊など武装闘争路線が放棄されて間もなくの虚無感漂う時代を舞台に、東大大学院生の文夫と女子大学生節子の心の軌跡を描いています。60年安保前夜、まだ混沌とした時代。党の路線変更にとまどい自殺する元工作員をはじめ、信じていたものに裏切られ、この後何を信じて生きていけばいいのかという喪失感が全編を覆っています。今の大学生、いや僕が大学生だった頃のおちゃらけた学生生活を否定するような、主人公たちの悩み、政治との関わり方――何よりもその真摯な生き方に打ちのめされたことを憶えています。

婚約者の文夫との平凡で平和な生活を捨ててまで、あえて新しい一歩を踏み出す節子の覚悟。

人間にとって、過去はかけがえのないものです。それを否定することは、その中から生れ育ってきた現在の自分を殆ど全て否定してしまうことと思えます。けれども、人間には、それでもなお、過去を否定しなければならない時がある。そうしなければ、未来を失ってしまうことがあるとは、お考えになりませんか。

かけがえのない過去を捨ててまで、満ち足りた現在を捨ててまで、未来の自分のために一歩を踏み出す節子の潔さ。その雄々しいまでの覚悟の裏に見せる文夫への断ち切れぬ思い。

あなたは私の青春でした。どんなに苦しくとざされた日々であっても、あなたが私の青春でした。

後に荒井由実の名曲「卒業写真」のモチーフともなった、この美しいフレーズ。名セリフ中の名セリフです。

突然の別れを告げられて戸惑う文夫もまた、節子の決断を理解し、それを時代の中に位置づけようと試みます。ここには、あの時代を生きた知識人の良い部分が描かれています。

人は生きたということに満足すべきなのだ。人は、自分の世代から抜け出ようと試みることさえできるのだから。

同時に、文夫の思いは、その後に続く世代へのメッセージにもなっているのです。

やがて、私たちが本当に年老いた時、若い人たちがきくかも知れない、あなた方の頃はどうだったのかと。その時私たちは答えるだろう。私たちの頃にも同じように困難があった。もちろん時代が違うから違う困難ではあったけれども、困難があるという点では同じだった。そして、私たちはそれと馴れ合って、こうして老いてきた。だが、私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、新しい生活へ勇敢に進み出そうとした人がいたのだと。そして、その答えをきいた若い人たちの中の誰か一人が、そういうことが昔もあった以上、今われわれにもそうした勇気を持つことは許されていると考えるとしたら、そこまで老いて行った私たちの生にも、それなりの意味があったと言えるのかも知れない。

――思いは松明のように引き継がれていかなければならないのでしょう。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

セリフの履歴

出典:『されどわれらが日々――』(柴田翔著、文藝春秋、1964年)

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