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等身大の青春◆田渕由美子『フランス窓便り』

私が大学生だった1970年代の中後期、このブログで取り上げているような当時のサブカルチャーに、大きな変化が訪れました。マンガや映画や歌謡曲などに登場する主人公が、それまでの中高生や成人男女から大学生に変わり始めたのです。これは明らかにターゲットを大学生を中心とする世代に絞り始めた結果であり、逆から言えば、大学生という限られた人種が、マーケットに与える影響を大きく持ち始めたからでしょう。

例えばテレビドラマでは、それまで高校生活を舞台にしていた青春ドラマが、大学生を主人公に据えたドラマになり(『俺たちの旅』中村雅俊・田中健・秋野太作主演、1975年10月~1976年10月放映)、その後しばらくこの路線が続きます。映画では、岡田奈々(AKB48にはあらず)・秋野暢子早乙女愛の女子大生3人が繰り広げるドラマ『青春の構図』1976年公開)など。大学生3人組が殺人事件に挑む栗本薫の推理小説ぼくらの時代が江戸川乱歩賞を受賞したのは1978年のことでした。特にこの傾向が顕著だったのは、音楽界です。いわゆる〈四畳半フォーク〉は、具体的に歌詞にはないものを含め、そのほとんどが大学生と思われる男女の仲を歌っていました。ガロ学生街の喫茶店」(1972年)や、あべ静江のデビュー曲コーヒーショップで1973年)に登場するのはどう考えても大学生でしょうし、太田裕美恋人たちの100の偽り松本隆作詞、1977年)にいたっては、「卒論がすむまでは逢えないという……」のフレーズがあります。

そして、マンガです。マンガでは、もう一歩、進んでいました。まだ少年向け週刊マンガ雑誌の多くが、高校生のスポーツものや番長との対決ものを連載し、友情・努力・勝利を全面に打ち出していたこの時代にあって、女子大生を主人公にした、どこにでありそうな、誰にでも訪れそうな、等身大の恋愛マンガを掲載していたのです。

月刊少女向けマンガ雑誌『りぼん』の1976年6月号から8月号まで、3回連続で掲載された田渕由美子『フランス窓便り』当時、ブームとなりつつあった〈乙女チックラブコメディー〉の一つとジャンル分けされるのでしょうが、白いペンキ塗りのフランス窓のある小さな一軒家に下宿している3人の女子大生、川島杏・欧見苗子・柘植詮子の、現実の大学生活と何ら変わりないようなキャンパス・ライフを描いています。もっとも、3人が地方の高校で同級生だったことは明らかにされていますが、なぜこんな豪華な下宿生活が送れるのかなどは描かれていませんが……。

末っ子的な位置づけの、引っ込み思案で一見したところ高校生にしか見えない杏。行動的な個性派タイプでタバコぷかぷかの美大生、苗子。ストレートヘアで落ち着いたお姉さんタイプの詮子。3人が体験するキャンパスでの恋愛は、どれもがハッピーエンドに終わるのですが、私は苗子と重太郎のエピソードが一番好きでした。

片思いの帆苅くんではなく、その親友の重太郎にプロポーズされて困惑する苗子。苗子の迷惑など無視してアッタクを繰り返す重太郎は、苗子からタバコを取り上げると、「前から言いたかったんだけど/オレ大キライなの/タバコすうオンナ」と一言、。カーッとした苗子は、「タバコをすうオンナがきらいなら/タバコすわないオンナにプロポーズすりゃいいじゃない」と啖呵を切ります。その後、重太郎の本当の優しさを知った苗子は、朝のキャンパスで出会った重太郎に「おはよ」と声をかけ、別の教室に向かう重太郎に向かって、

「あんね――/あたしタバコ/やめることにしたんだわ」

と、宣言すると、パタパタと走り去っていきます。この可愛らしい愛の告白! 

私のまわりにも、杏のような少女も、苗子のようにタバコを吸う個性派も、年上と見間違うばかりの詮子のような大人びた女子大生も確かにいました。このマンガに描かれたキャンパス・ライフには、基本的にウソはありません。でも……。当時、早稲田大学に通いながらマンガを描いていた作者もおそらくはそうであったように、この愛すべき物語は、あり得たはずの、しかし同時に、一度もあったことのない、夢のようなキャンパス・ライフだったのではないでしょうか。

今宵、ひとり酒場の片隅で夜光の杯を掲げ、「君のセリフに乾杯!」

■セリフの履歴

出典:『フランス窓便り』(田渕由美子作画、『フランス窓便り』〈『SGコミックス』〉所収、集英社、1990年)

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